仕事をする時には、集中力が必要です。集中力がないと、ミスが多くなったり、うっかり約束を忘れたりすることがあります。文章を読んでいても、なかなか頭に入りません。テレビをつけていても、続けてみることができません。おそらく休職した当時は、そのような状態だっただろうと思われます。では集中力をつけていくためには、どのようなことをすればいいでしょうか。
まずは自分の好きなことや気軽なことに取り組んでみましょう。テレビのドラマを見ることでもいいです。話の筋や登場人物を覚えながら見るので、頭の体操になります。映画を2時間程度見ることができれば、いいでしょう。落語は一席30分程度ですが、想像力を使い、笑いもあるのでお勧めです。
次の段階としては、文字になれることです。デスクワークの人は、文字になれる必要があります。手短なところでは、新聞がいいでしょう(反対に、調子が悪い時は新聞を読まなくなるので、朝刊症候群という表現もあります)。新聞を読んで、その内容を要約できるようになれば、しっかり理解しているといえるでしょう。できれば新聞や本を30-60分読めるようになりましょう。
最後にパソコンを使った作業です。できれば、ワープロなどのソフトを使えるように、練習してください。
前回は、コミュニケーションというのは、単に言葉という情報をやり取りするのではなく、その時の感情のやり取りや、繋がりの確認をうることが大切だと説明しました。今回より「傾聴」する時の大事なポイントを説明します。
まず気を付けていただきたいことは、「集中して聴く」ということです。そのためしなくてはいけない最初のことは、集中して聴くことができる場所を選ぶということです。大事な話をする時に、ガヤガヤうるさい場所はよくありません。プライベートな話をするのに、周囲に多くの人がいると、誰だって話したくないと感じるでしょう。安心できて落ち着ける場所を選ぶことが大切です。
また聴く態度も大切です。こちらが真剣に聴いているという態度を示すことで、相手は安心感を持ちます。コミュニケーションの85%は、言葉以外の態度や身振りで伝わっているともいわれています。時々アイコンタクトをとることも、そのうちの一つです(ただし、あまりに相手をじっと見ていると、相手に威圧感を与えるかもしれないので注意してください)。
一方、真剣ではないと思われるしぐさには注意が必要です。例えば、持っている鉛筆をくるくる回したり、指や関節を鳴らしたり、何度も足を組み替えたり、何度も時間を気にするそぶりを見せたり(時計をチラチラ見る)すると、相手は軽く扱われているように感じます。癖でやってしまう行動があれば、注意しましょう。
復職に向けて取り組んでいただきたいこととして、体力をつけておくことがあげられます。その理由として、人は生活するうえで、常に重力を受けているからです。デスクワークしかない仕事でも、その重力に逆らって、ずっと座っていなくてはなりません。そのためには、抗重力筋という体を支える筋肉を鍛えておく必要があります。
疲れたからすぐ横になるということは、なかなか職場ではできません。そのためには、家の外に出て過ごし、横になれない状況を作るといいでしょう。図書館やカフェを利用するのもいいと思います。
二番目に必要なのは、歩くことです。職場までの通勤だけでも、かなり歩くことが必要だと思います。そのうえ通勤電車など満員であることも多く、電車内で揺れながら、踏ん張ることもあるでしょう。そのように考えると、少なくとも30分くらい(できれば1時間)は歩いても、それほど疲れがないといえるようにしておく方がいいでしょう。
もちろん仕事によっては、ずっと立っておく必要があるかもしれないし、力仕事を求められることもあるでしょう。そうであるならば、ある程度その仕事を想定して、筋肉を 鍛えておく必要があります。これはプロのスポーツ選手なら、復帰前にかなりトレーニングを積んだうえで復帰しないと、またけがをしてしまうのと同じです。
復職する際にまず取り組んでいただきたいのは、生活リズムを取り戻すことです。決められた時間に起きることは、かなりのストレスです。そのストレスに耐える力を身につけなくてはいけません。9時過ぎに起きると体調がいいとか、昼寝をしないとだめだとか、そのような状態では一般的に仕事はできません。
もちろん起床時間が決まっているのだから、入眠の時間も大切です。十分な睡眠時間をとれないようだと、復職してもすぐ体調を崩してしまいます。睡眠導入剤を、復職までにやめようとする人がいますが、眠れないのなら服薬したほうがいいです(無くても眠れるのならもちろん不必要ですが)。服薬については、必ず主治医と相談してください。
また朝から通勤して仕事をするわけですから、午前中にしっかり動けるようになっておく必要があります。リハビリ当初は、午前中に動くと午後は疲れが出るかもしれません。それでもかまわないので、とにかく午前中にしっかり活動をするようにしましょう。やがて持続力は出てくると思います。
最後に復職と同時に家事もしなくてはいけない場合(特に女性に多い)、仕事をしているつもりで家事をこなす練習もしていきましょう。短時間で手際よくできるようにしておかないと、生活リズムが後ろにずれて、入眠時間が遅くなります。
前回までの回復過程では、「気楽な状況なら大丈夫」という状態まで説明しました。次の段階としては、「ストレスのかかる状況でも大丈夫」という状態を作り、仕事ができるようになることが目標となります。
当然ですが、ストレスのない仕事はありません。満員電車で通勤すること、仕事に集中して取り組むこと、上司や同僚との人間関係に気を使うこと、顧客からのクレームに対応すること、どれをとってもストレスになります。これらのストレスに耐えるために、その態勢を作っていく必要があるのです。
では、まず家でもできる復職リハビリに取り組んでみましょう。その際には生活記録を神に書き出してみるといいでしょう(生活記録表)。記録を残すという作業自体がリハビリになりますし、後々振り返ったり、主治医に説明する時にも使えます。
そして次のような項目に取り組んでいきましょう。
㋐生活リズムを整える
㋑体力をつける
㋒集中力をつける
㋓通勤の練習
では次回からは、それぞれについて説明していきます。
休養をはじめ、だんだんエネルギーがたまってくると、退屈になります。その後、気楽なことならできる状態になっていきます。このくらいの状態になると、かなり症状は少なくなってくるので、「治ったのではないか」と思うようなこともあります。すると、つい無理をしてしまい、エネルギーが少なくなり、また症状が出現するということが起こります。
この時は、「治ったと思ったのに、またしんどい」と感じてしまい、落ち込みやすくなります。このようにいい時と悪い時が交互に来る状態は、気分の波が激しく、不安定になる傾向があります。まだエネルギーが不足していて、やりすぎただけと割り切った方がいいでしょう。もし疲れてしんどいと感じても、またゆっくりと休養をして、エネルギーを回復させることに専念しましょう。
だんだん回復する時間が早くなり、やがて疲れても次の日には回復できるようになるでしょう。回復力がついて来たら、徐々に仕事に向けて、リハビリ的な取り組みをしていく時期になったと思われます。
中にこのくらいの状態ですぐに復職を目指す人がいますが、あまりお勧めはできません。仕事はいくら制限したとしても、ストレスがかかるものです。決まった時間に起きる、しんどくても横になることはできない(短時間勤務でも、その時間は働く時間であり、賃金は発生する)、混雑を伴う通勤など、どれも大変なことばかりです。
これらに耐えて、疲れたとしても次の日には回復できるようになっていかないと、安定して働くことはできません。安定して働くためには、それなりの準備をしたうえで復帰したほうがいいでしょう。
前回は休養の大切さをお話ししました。ただ休みを受け入れ始めた当初は、体や気持ちの緊張が取れ、かえって疲れを感じてしまうことがあります。これは状態が悪化したのではなく、今まで跳ね返そうとしていた疲れを、そのまま受け止めた結果です。
良くなっていく途中経過だと思いましょう。無理をせず休みを続けていれば、やがてオーバーヒートがおさまり、段々体の症状は、楽になってきます。そして少しずつエネルギーがたまってきます。すると、退屈を感じるようになってきます。休み始めた時は、いくら時間があっても、疲れが出て横になっていたのに、逆にじっとしているのが辛い感じです。
ただし、まだエネルギーはそれほど多くないので、少し活動しただけで、疲れてしまいます。楽になり病気が治ったという喜びを感じたのに、また病気の症状を感じてしまい、かえって落胆をすることもあります。この時に、素直にゆっくり休めると、また回復します。焦らないことが大切です。
また楽だからといって、仕事のようなストレス・プレッシャーの多いものだと、エネルギーはまだまだ不足しているので、頑張ることができません。楽なこと、楽しいことから始めてみてください。気楽なものであれば、疲れが出ても回復は早いでしょう。このように「ちょっと頑張って、疲れたら休憩して回復する」ということを繰り返します。だんだんエネルギーはたまり、少しずつ本来の状態に近づきます。この時期の目標は、「気楽なことなら大丈夫」といえる状態です。
うつ病の症状は、①オーバーヒートした状態②エネルギー不足③今の状態を受け入れることができない苦しみと説明しました。これらの症状を良くするためには、何が必要でしょうか?
まずはオーバーヒートした状態を良くするためには、クールダウンが必要です。クールダウンするわけですから、基本的には休養ということになります。エネルギー不足の解消も、エネルギーの消費を抑え、エネルギーの回復をさせるわけですから、基本的には休養ということになります。
ただ問題は、「今の状態を受け入れることができない苦しみ」です。この症状があるがために、うつ病の人は、素直に休養を受け入れることができません。別の言い方をすると、今の状態を受け入れることができると、「今は休養するしかない」と納得し、本当の意味での休養ができます。しかしよくあるのは、休職はしているが、休んでいる自分を責め、頭の中はずっと仕事のことを考えている状態です。これでは本当の意味での休養になっていません。それどころか、職場から離れているため、ますます悪い考えを膨らませたり、不安になったりして、どんどんオーバーヒートさせ、エネルギーを消耗させてしまいます。
このように考えると、休養することを受け入れる気持ちになることが大切だとわかります。ただ受け入れることは、それ程簡単ではありません。第三者から見ると、「頑張ろうにも頑張れないのだから、ゆっくりするしかない」とわかるのですが、当事者にとっては、「頑張れないのは、自分が怠けているからではないか」という考えが離れません。自分がやらなくてはならないレベル、理想像、他人との比較、昔の栄光などに縛られてしまうと、到底今のできない自分を許すことができません。許さないということは、「休むことも許さない」ということです。
では許すために何が必要かというと、「とりあえず今は仕方ない」とあきらめることです。自分が求めているレベルは、今は無理だとあきらめ、次に備えて休養することを受け入れることです。とても難しい事ですが、これができると気持ちが楽になり、回復に向かっていきます。
うつ病の治療を考えていくとき、大きな柱が二つあります。一つは、うつ病のどの段階かを見極めるということです。今悪くなっている人か、回復してきて復職を前にしている人かでは、治療方法は変わります。
このあたりを区別せず、「うつ病の人に、頑張れと言ってはいけない」「うつ病の人は頑張ってはいけない」という公式を呪文のように唱える人がいます。もちろん急性期のうつ病の人は、頑張ろうにも頑張れない状態ですから、「頑張れ」とは言わない方がいいでしょう。しかし、復職を控えている人に「頑張るな」というのは無理な話です。ストレスのない復職などはありません。ストレスのない仕事もありません。だから仕事に戻る以上、否が応でも頑張らなくてはいけないのです。
ただ頑張ったあとは、非常に疲れやすいので、その分しっかり休んで、疲れを取っていく必要があるだけです。このように、時期によってアドバイスや治療法は変わってくるので、どの段階かを見極めることはとても大切です。
もう一つの柱は、治療方法を選ぶということです。うつ病の治療には、薬物療法、精神療法、復職に向けてのリハビリテーションなど様々な治療方法があります。薬物療法の中にも、SSRI、SNRIといった抗うつ薬はかなり多種存在していますし、抗うつ薬以外の治療薬を使う場合もあります。また薬以上に、認知行動療法などの精神療法も最近注目されていますし、そもそもどのように生活していくのかという生活指導的なアドバイスも重要です。
復職を前にして、リワークプログラムのような集団精神療法を企業自体が導入している場合もあります。これら多彩な治療方法を、どのように組み合わせていくかを考えていく必要があります。
では次回からは、うつ病の回復過程の段階を説明していきます。
今回は、うつ病の症状のひとつであるエネルギー不足を説明します。
大抵のうつ病の人は、長期間ストレスが多い中を頑張ってきています。それはずっと緊張状態が続いているということであり、同時にリラックスする時間が少なくということです。緊張している時間はエネルギーを消費し、リラックスする時間にエネルギーは回復します。
そう考えると、消費ばかりが多くて回復の時間が少ないので、だんだんエネルギーが減ってきます。するとある段階で、「これ以上エネルギーを使ってほしくない」という危険信号がでてきます。それは、「疲れ」「だるさ」「意欲低下」「集中できない」といった症状です。
本来であれば、これらの症状が出現したところで、休んでリラックスし、エネルギーを回復させるのが自然です。おそらく少なくなったエネルギーを振り絞り、また頑張れることができるでしょう。ただ長くは続きません。前にもましてエネルギーは少なくなり、危険信号である症状も強くなってしまうからです。どこかでこれ以上は無理だという段階になり、「動こうにも動けない」状態になります。
エネルギー不足の症状は、様々な行動面での問題となって現れてきます。特に行動を始める「第一歩」が出てこないので、朝起き上がれず、遅刻や欠勤といった問題となります。その前段階としては、休日に外出する意欲が出てこないといったことが見られます。その他には、集中力が低下した結果みられる問題があります。普段ならありえないようなミスをしたり、大事な約束をうっかり忘れたりといったことが度々あるときは、集中力低下が疑われます。
物忘れがあるので認知症を疑い病院を受診される方がいますが、中にはうつ病の人がいます。集中力が低下した時の特徴として、同時にいくつかのことに気を使うことができなくなり、このような物忘れやミスが出現します。
このように意欲低下に伴う問題は、周囲の人に気づかれることがあります。本人は自分さえがんばればなんとかなると思って、病気ではないと考え受診しないことがあります。そのような時でも、周囲の人がいつもと違うと感じる事で、受診につなげることができるかもしれません。